狂言と笑い

日本語では、笑いは様々な表現で表わされます。例えば、大声で笑う時は「ゲラゲラ」笑い。恥ずかしそうに小さい声で笑う時は「クスクス」 笑います。他にも「きゃっきゃっ」と笑ったり、 「ワハハ」と笑ったりしますが、皆さんは、これらの「笑い」には不思議な力があることを知っ ていますか。実は、「笑い」は人間の健康と深い関係があり、その効果は科学的にも証明されているのです。

糖尿病(diabetes)という病気は、血液中の血糖値(blood-sugar level)が高くなることによって起こる病気ですが、ある科学者が、面白い話を聞かせた後の患者と難しい講義を聞かせた後の患者の血糖値を比べるという実験をしてみました。すると、難しい講義を聞いた後では平均123ミリグラムも上がった血糖値が、面白い話を聞いて笑った後では、平均77ミリグラムしか上がらなかったという結果が出たそうです。

また、血液の中には、キラー細胞(natural killer cells) と呼ばれるユニークな名前の細胞があります。 この細胞は名前の通り、ウイルスや癌細胞を壊す力を持っていてキラー細胞が増えれば増える ほど、多くの悪い細胞が減るのですが、「笑い」にはこのキラー細胞を増やす効果があるということも分かりました。

さて、人間の健康にとって大切な行為である「笑い」、これを取り入れた日本の伝統芸能と言えば、一番に「狂言」が挙げられます。狂言というのは、歌や踊りがあまり出てこない。言葉を中心とした劇で、14世紀頃に劇の形が完成しました。狂言には、主人と家来、親と子。 山伏など色々な人物が登場しますが、どの人物もどこにでもいる普通の人達ばかりで、スーパー マンのような超人的なヒーローは出てきません。また、悲劇の主人公のような人物も出てきません。この普通の人達が、失敗したり、うそをついたり、困ったりする様子を、言葉や動作でユー モラスに表現しているのが狂言です。

また、狂言には、話の途中で強い人と弱い人の立場が逆になってしまうという風刺的な面白 さもあります。例えば、「主人」は自分の「家来」に簡単にだまされてしまいますし、偉そうにしていた「親」が「子供」にからかわれたり、超人的な力を持っているはずの山伏が実際は無力で弱かったりするという話がよく出てきます。

昔の日本は身分の差が大きく厳しい上下関係がありました。しかし、狂言の中では、身分が 高くて立派だと思われている人が、バカなことをして身分が低い人に笑われるという話がよく出てきます。昔の人々は、狂言の中に偉い人や超人的な人が自分達と変わらない普通の人として 描かれている点に、面白さを感じたのではないでしょうか。

代表的な狂言の一つ、「ぶす」という話を紹介しましょう。ある日、主人が二人の家来に、自分の留守中に「ぶす」という名前のおそろしい毒が入っている桶には絶対に近づかないようにと言って出かけます。しかし、「見てはいけない」と言われてますます見たくなってしまった二人 は、我慢できずに桶のふたを開けてみました。すると、桶の中から、甘くておいしそうなにおい がしてきました。実は、桶に入っていたのは「おそろしいき」ではなくて「甘くておいしい黒壁糖」だったのです。もちろん、二人はそれを全部食べてしまいました。

さて、二人は主人に謝ったと思いますか。いいえ、二人は逆に、主人が大切にしていた掛け軸を破ったり、高い茶碗を割ったりしました。そして、主人が帰って来ると、泣きながら「大 悪いことをしてしまったので、ぶすを食べて死のうと思ったけれど死ねなかった」と言いました。 自分が出かけている間に黒砂糖を食べられないように、毒だと言って、家来をだまそうとした主人。しかし、逆に家来に黒砂糖を全部食べられてしまい、その上、大事な掛け軸を破られ、高い茶碗も割られてしまったのです。 皆さんはこの話のどんなところが面白いと思いますか。

皆さんの体の中のキラー細胞は増えたでしょうか。このように「笑い」は伝統芸能の中にも生きています。そして、芸術の中の「笑い」 も、毎日の日常生活の中で生まれる「笑い」も、効果は同じです。皆さんも、身近な健康法として、「笑い」を見直してみませんか。