マンガの神様:手塚治虫
今、世界中で日本のマンガ、アニメ、ゲーム、キャラクターグッズ、ポップなどのポップカ ルチャー・ファンが増えている。海外で「MANGA」 といえば日本マンガのことを、「ANIME」 と言えばディズニーなどのアニメーションではなく日本アニメのことを言う。また、日本で生まれたテレビゲームも 「VIDEO GAME」 として世界中に広まった。日本のポップカルチャーは 様々な国の経済や文化やファッションに影響を与え、ビジネスとしても大きいマーケットになっているのだ。
では、そのポップカルチャーの元になっているものは何だろうか。それは、日本のストーリー マンガだと言えるかもしれない。今、日本のストーリーマンガは世界中で楽しまれていて、アジ ア、オセアニア、ヨーロッパなど色々な国の言葉に翻訳されて本になり、読者を広げている。そして、多くのアニメやテレビ番組やゲームなどがマンガの原作を元にして作られるため、マンガ、 アニメ、映画、ドラマ、ゲームなどのファンがそれぞれお互いに影響を与え合いながら、ファン を増やしている。日本のストーリーマンガはメディアコンテンツとして、大きいビジネスになっ ているのだ。
その上、日本のマンガは欧米人の本の読み方さえ変えようとしている。アメリカでは2002年に日本の少年マンガ週刊誌、次の年には少女向けのマンガ週刊誌が出版された。それまで欧米 の本や雑誌は右から左にページをめくる読み方が一般的だったが、マンガファンの「右上から左 下に読む日本のマンガと同じスタイルにしてほしい」というリクエストで、アメリカで売られる 日本のマンガ雑誌も、日本と同じように左から右にページを開くスタイルで作られるようになったのだ。
それでは、日本マンガの魅力は何だろうか。そのことを考える時、一番初めに思い浮かぶのが手塚治虫の名前だ。昔は日本でも、マンガは子供のためのものと思われていたが、手塚はそれを小説や映画と同じような物語の表現方法の一つとして確立し、大人でも楽しんで読めるものに変えた。現在の日本のストーリーマンガの元を作ったのだ。
手塚治虫は第二次世界大戦後、医学部を卒業して医学博士になったが、医者にはならずに漫画家おになった。そして、1989年に60歳で亡くなるまで700以上の作品を残した。本名は治だが、 子供の頃から虫が好きだったので、ペンネームを治虫にしたそうだ。ベレー帽をかぶり丸い眼鏡 をかけた丸い鼻がトレードマークで、彼のマンガには、自分と同じような人物がよく出て来る。
手塚が描いたマンガの中で初めてテレビアニメになったのは、「鉄腕アトム」という少年口ボットが活躍するSFマンガだ。60年代に子供達の人気を集め、その後の日本のSFアニメブームのきっかけにもなった。アジアの国々や、ヨーロッパ、アメリカのテレビでも放送されたので、知っている人も多いはずだ。その他にも、「ジャングル大帝」 「リボンの騎士」 「どろろ」「火の鳥」 「ブッダ」 「ブラックジャック」 「アドルフに告ぐ」など、アニメや映画になったり、世界中の言葉に翻訳された手塚作品はたくさんある。
手塚のマンガには、宗教、哲学、医学、芸術、歴史、SF、宇宙、自然など様々なテーマがあり、 難しい言葉や理論ではなくて、面白くて楽しい絵と分かりやすい言葉で、命の大切さ、自然の大 きさ、戦争の無意味さ、人類の未来などについて教えてくれる。手塚のマンガの特徴であるオノマトペがたくさん入ったマンガを笑いながら読んでいるうちに、読者は人間が生きることや死ぬことについて深く考えさせられてしまうのだ。
手塚がすばらしいのは、マンガを描くだけでなく、自分の後に続く漫画家達も育てたことだ。 ※彼は漫画家になるのを夢見て自分のところに集まって来た若者に、住む場所や仕事の世話などを して、多くの漫画家を育て、世の中に送り出した。そして、手塚や手塚に育てられた人達のマン ガを読んで、次の世代の漫画家達が育っていった。現在の日本人漫画家で手塚の影響を受けてい ない人はいないはずだ。人々は、愛情と尊敬と、人間を超えた才能を持った人という気持ちを込 めて、手塚治虫を『マンガの神様」と呼ぶ。もし、手塚治虫が存在しなかったら、今のアニメや マンガのブームはなかったかもしれない。手塚の残したものが、今、世界中に影響を与えている ことを、彼は空の上でどう思っているだろうか。